雨谷の庵

[0054] ゆとりあっての昼行灯 (2000/02/17)


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人間、心のゆとりというものが肝心である。

例えば漫画を描いているとしよう。
眼前に広がるのは原稿用紙のみ。
あなたはその素晴らしい集中力でもって、己の世界を漫画製作という
一種独特の色彩に塗り固めていたりするわけであったとするのである。

ペン先を墨汁に浸す。
ペンを構える。
ペン先を下書きのライン上空に移動させる。
若干手先がぷるぷると震えているのはアル中だからではない。
手先の震えを計算に入れて誤差修正をした後に、所定の位置にペン先をあてがう。
墨汁が滲み過ぎないタイミングで素早くペン先をラインに沿って移動させる。
この時の力の入れ具合を微調整する。
若干手先がくらくらと揺れているのはアル中だからでは断じてない。
手先を揺れを計算に入れて誤差修正をした後に、ペン先と原稿の距離を広げる。
この時の力の抜き具合を線形関数のグラフに沿うよう加減する。
再びペンを構え、引き終わった清書ラインの出来を確認する。
満足して次なるラインに視線を移す。

これの繰り返しである。
漫画原稿用紙。世界にはあなたとソレしか存在しないのである。
ラインとあなた。ペンとあなた。墨汁とあなた。
あなたは漫画原稿用紙にその存在を定義付けられ、ラインにその行動を定義付けられ、
ペンにその力を定義付けられ、墨汁にその足跡を定義付けられるのである。
時間とはラインの清書の進み具合によってのみ測定されるべき事象であり、
過去は白紙に過ぎず未来はいまだ誰も知らない漫画である。
嗚呼。素晴らしき哉。

そんなこんなで昨夜は漫画の原稿の清書作業に熱中していたわけなのである。
昨年末の某イベントでは、大人からお子様まで男女を問わずお楽しみ頂ける
同人誌を展示していたのであるが、それは200冊刷って大体半分弱が無くなった。
で。いつもならここで、

「余っちゃいましたねぇ」
「いいじゃないですか。来月末には池袋で某イベントもあるしさ。夏まではこれを
 出し物ということで、色々と参加したいですし」
「あ〜〜惜しい。再来月だったら、私も引越してするから参加できるのに」
「ええ?!徳田さん来月来ないんですか?」
「なんでそうなるねん。わて、関西に住んでまんがな」
「その関西弁、なんか変ですよ」

とかいう何ともほのぼのした会話が交わされるのである。
しかし今回は違った。

「余っちゃいましたねぇ」
「いいじゃないですか。残りのはどうせ虎の穴に持っていきますし」

はあ?と、虎の穴ぁ?
虎の穴といえばアレである。
身よりのないお子様を大事に保護して、英才教育を施す某施設のことである。
そこの出身者は虎の生皮で頭部を覆い、タイガーマスクだのブラックタイガーだの
みょうちきりんな登録名称を名乗ってしまうという某施設である。
ついでに言えば某孤児院のお姉さんと仲良くなってしまうという特典もある、
某施設のことである。

「なに馬鹿なこと言ってんですか徳田さん」

同人仲間の柳某曰く、虎の穴とは同人誌の委託販売を取り扱っている書店の
名称なのだそうである。
ふむぅ。
それはちょっとしたインディーズであるな。
などと、そのときは何も考えずに感心していたりしたのである。
ところがそれが間違いの元であった。
柳某から何やら騒々しい電話がかかってきたのは、引越し前の先月末のことである。

「徳田さん、大変なことになりました」
「なんだどうしたであるか」
「委託した分の同人誌、全部売れちゃったみたいです!」

これは困ったことになったと、一同で頭を抱えてしまった。
何しろ夏の某イベントまでは余った同人誌でちまちまとイベントに参加する
つもりであったのだ。
それが1冊も無くなってしまったのであるから、このままこみパや寺女祭やサンクリに
参加するのは何だか詐欺行為である。
いままでも詐欺には違いないのではないかという突っ込みもあることかとは思うが、
気にしてはいけない。
それはともかく、新しい本を作ろうにも肝心の原稿が1枚もない。
夏までに新刊を出せばいいやというつもりであったので、まだ誰も新しい原稿を描いていない。
だいたい、手を付けてすらいない。構想すらない。
描き始めるのは締め切りの1ヶ月前。
これはなんだかとっても鉄則的な暗黙なのであった。

「仕方がない。みんなでもう1冊分の原稿を今から描きましょう」

結局の結論がこれである。
ということで、今私は予定外の漫画原稿を描く羽目になったというわけである。
う〜〜む。引越しが間にはさまっていたせいか、何だか最近慌しいであるな。
ゆとりが足りないのではないか徳田。もっとゆとりを持って生活しろ徳田。
ゆとりあっての昼行灯である。昼行灯ゆえの平凡人である。
平凡人を目指す者として、更により一層のゆとりを求道するべきであると、
私は断じて主張する者である。精進せよ徳田。

それにしても昨日描いたあそこのコマ、思い返すと乳輪が大き過ぎたような気がするなぁ。
ちっちゃくした方が可愛いと思うけど、今からホワイトで修正しちゃうと
後で乳首にトーンを張る時に困るしなぁ。
とかなんとか、真昼間の会社のパソコンで何妙なことを口走っていますか徳田。
ふと窓の外を見ると、今日は遠くに富士山が見えていたりする。
これも一種、心のゆとりか。

雨谷の庵は今日も雨。
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管理者:徳田雨窓