雨谷の庵

[0040] 徳田雨窓の1999年 (1999/12/31)


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徳田雨窓の1999年を振り返ってみたいと思います。

除夜の鐘というものが鳴り始めました。
108有ると云われる煩悩からの解脱に清々しい思いを抱きながら、
今この雑文をしたためている次第でございます。
もちろんそんな事は嘘ですが、気にしないことに致しましょう。

振り返れば、雨谷の庵では今年、色々なことがありました。

まずは何と言いましても、この徳田雨窓という人格が形成されたのは
大きな変化であったと言うべきでありましょう。
もちろんこの徳田なる人格は筆者の人格の一部ですし、かなりの部分が
架空の人格です。
このWebサイトの雑文を書く為だけの仮想人格と言っても過言ではありません。
今つらつらと過去の雑文を読み返してみると、文体は不統一ですし、内容も
かなりいい加減で、本当にくだらないことばかりを書き散らしているだけの
ように見えなくもありませんが、気にしないことに致しましょう。

このWebサイト「雨谷の庵」に雑文が掲載され始めたというのも、大きな
出来事であったと言うべきでありましょう。
はじめはごく軽い気持ちで、文章の練習のような場として書き始めたのですが、
約3ヶ月間で30を超える雑文を掲載するに至ったことは、筆者自身としてもやや
驚きを隠せません。
ネタに詰まって他人の雑文をネタにしたり、ネタに詰まってテレビ番組の話題で
誤魔化したり、ネタに詰まって知人のメールの内容を無断で掲載したり、
何かと極悪非道な感じもしないではないですが、気にしないことに致しましょう。

それにしても心残りなのはクリスマスネタを書かなかったことでしょうか。
そう言えば、クリスマスの近辺は1週間ほど雑文の新掲載がありませんでした。
クリスマスネタ。
恋人達のセレモニーと化したキリスト教の一大イベントを、面白おかしく、または
自虐的な視点でもってネタにするという、美味しい機会を逸してしまったというのは、
雑文を書く者としては恥ずべき事であったかもしれません。
でも仕方なかったのです。
その時期はちょうどコミックマーケットなどという、ある意味世界最大のイベントが
開催されていたのですから。
私がそちらにかまけていて、雑文を書くことをすっかり失念していたということを、
誰が咎めだてできるでしょうか。いや、できはしません。(反語)
そんな事は理由になんねぇだろとかいうご指摘も多々あろう事かとは思うのですが、
気にしないことに致しましょう。

いずれにしましても今年も後わずかです。
来年も今年と変わりなく、雨谷の庵ではくだらない雑文を書き散らしていくことに
なるでしょう。
たまにはくだらなくない雑文も書けよとかいうご指摘もあることとは思いますが、
平凡人たる私に進歩を求めることに無理があるのは自明でありますから、
気にしないことに致しましょう。

さて、今日はこのあたりに致したく思います。
私はこれから今年最後で最大のイベントともいえる、2000年問題報道を楽しまねば
ならないのです。
不謹慎ではないかというご指摘もあろう事かと思いますが、まあ気にしないことに
致しましょう。

それではよいお年を。

雨谷の庵は今日も雨
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管理者:徳田雨窓