雨谷の庵

[0021] ナニワの魚は俺に任せろ (1999/11/12)


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魚を食べる時には何かとんでもないものに感謝しなければならないの
かもしれない。

今日はちょっとお寝坊さんであった。
昨日ちょっとだけ飲み過ぎただけなのであるが、見事に定刻は寝飛ばして
しまった。不覚である。
こんな時の為の目覚し時計ではなかろうかと思うのであるが、何故か
彼はちっともその機能を発揮しなかったようであるらしい。
何故だ目覚し時計よ。私がいつも君より早く起きてしまうことが
そんなに不満なのか。
私は不眠症気味なのだ。文句を言わないでくれ。目覚し時計の君よ。

とかなんとか目覚し時計と語らっている場合ではなかったのである。
早く会社に行かねば遅刻である。
フレックス制とかいう可変勤務時間制度を利用することが可能なので
あるが、その絶大な効力を持ってしても遅刻の危機にあるではないか。
あと1時間しかない。

飯を食って顔を洗ってネクタイ締めて、さあダッシュである。
最寄りの駅までダッシュ。息が切れているのは寄る年波のせいか。
いやいや、昨夜摂取したアルコールが我が心肺機能を若干低下させているに
違いないのである。決しておじさんになってしまったとかそういう事では
ないのである。と信じたい今日このごろ。
難しい年頃である。

いつもと違う電車に乗るわけであるので、当然時刻表など覚えていない。
やや。次の電車まであと10分以上も余裕があるではないか。
歩いていても全然余裕という奴である。しまった損をした。
って、何を損したのかは不明である。
歩いていても間に合うところを急いで走ってしまうと、何故か損をした
気分になるのは私だけなのであろうか。
いや、そんな事はない。きっと何かを損しているのだ。
うわぁ。今日は走っちゃったよ。損したなあ。
これでいいのである。文句を言わないで頂きたい。切に。

「2番線を電車が通過します。危険ですから白線の後ろに下がって・・・」
聞きなれたアナウンスである。電車が通過する時には安全な場所まで下がらねば
ならぬという、当然の行為を促す為の鉄道職員等の心使いである。
かたじけない。私は白線の後ろまで下がることに同意するにやぶさかではない。
なにしろ大人であるからな。二日酔いもばっちりである。

とそのとき、私の目の前を見慣れぬ電車が通り過ぎていった。
真っ赤なボディに真っ白なストライプ。
一瞬特急電車か何かとも思ったが、それは私の未熟さゆえの軽率な判断であった。
その電車の最後尾には堂々たる看板が掲げられていたのである。
「鮮魚列車」
はいぃ!?
私は思わずその4文字に視線を釘付けてしまった。
なんなんだ鮮魚列車。走れ走るよ鮮魚列車。
雨にも負けず風にも負けず、槍が降っても天地がひっくり返っても、
鮮魚列車は鮮魚を運ぶその為に走りつづけているのか。
車両の中には本日取れたての鮮魚という鮮魚が満載であるのか。
ナニワの魚は俺に任せろという奴か。

つまりはあれか。
我々の食卓に上っているあの美味そうな魚のことごとくは魚屋さんではなく
鮮魚列車によって賄われているということか。
食前の祈りを捧げるべきは神でなく鮮魚列車であったと。
おそるべし鮮魚列車。おそるべしナニワの食流通。
私は今日もまた一つ、大人の世界に踏み込んでしまったのかもしれない。

って、そんな大袈裟な話ではもちろんない。
ということで(なにが?)、当方では鮮魚列車なるものについての
耳寄り情報を募集中である。
もちろん耳寄りでなくても結構である。お待ちしている。
切に。

雨谷の庵は今日も雨。
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管理者:徳田雨窓