雨谷の庵

[0014] iMacを置物として (1999/10/22)


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iMacというとアレである。

最近テレビを間抜け面で眺めたりなどしていると、何かと目に付く光景がある。
iMacである。
あの、カラフルボディとやらがスケルトンで、中にはハイテクノロジぃなどと
いう怪しげなものが満載という、iMacである。
何に使うのかははなはだ不明であるが、そのiMacがテレビに映し出されている
風景の片隅に鎮座しているのである。
さんまのまんまとか。ヘイヘイヘイとか。そういった番組にである。
不思議なことに、そういったiMacが起動してごちゃごちゃと動いている場面を
見たことはまだない。
使われているのか?iMacよ。

どうもこのiMac、見た目が可愛いとかでインテリアと勘違いされているのでは
ないかと私は心配している次第である。
改めて、iMacを置物として眺めてみると、こんな感じであろうか。

キーボード :コンナモノが花瓶についているのを見たことはない。
マウス   :はっきり言って、飾りとしては邪魔っけである。
ディスプレイ:眺めるだけで楽しくなるとでも言うのだろうか。
電源コード :前衛芸術やサイバーパンクではお馴染みかもしれない。

とまあ、インテリアにしては不必要にゴテゴテとしているような気も
しないではない。
しかしこの良く分からない世の中のことである。
これら通常のインテリアらしからぬ特徴は、新種の置物としてのiMacの
評価を逆に高めているのかもしれない。
パソコンとしては大層にシンプルなデザインであろうかと思うが、
インテリアとしてはゴテゴテし過ぎている、そこが魅力であるのかもしれない。
備前焼の素朴さ、博多人形の精巧さなどとは全く趣を異にしていると言えよう。

唐突であるが私はMacintosh使いである。
iMacと聞くと、「使わねば損」と思ってしまうのもそのせいであろうか。
何せ私の愛機よりも3倍ほども高性能なのだ。iMacは。
ただのインテリアと化したiMacの心持ちを察してやまない。

・・・こらこら、私が単なるケチだというツッコミはナシにして頂きたい。

雨谷の庵は今日も雨。
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管理者:徳田雨窓