雨谷の庵

[0013] 関西人は納豆が嫌いである (1999/10/19)


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煙草の話題としては嫌煙権というものがある。

関西人は納豆が嫌いであるという偏見をしばしば耳にすることがある。
しかしながら、それは紛れもない事実である。
統計的に考えても、私の周囲の関西人のうち、実に8割は納豆を食品と見なしていない。
関西人がいかに納豆が嫌いかということが、このことからもお分かりになるであろう。

ところで私は納豆を頻繁に食する。
別に好きというわけではない。
子供の頃は確か納豆嫌いであった。つい最近までも、あまり口にすることはなかった。
食べるようになったのは一人暮らしを始めた頃であった。
なぜか。
それは私がケチであるからである。
牛肉。それは高すぎる。
豚肉。まだまだ高い。
魚。なんで牛肉より高かったりするのだ。
卵。腐りやすそうだ。それに割れやすい。
豆腐。腐りやすそうだ。
ということで、納豆なのである。
卵ほどではないにしても安価であり、何より最初から腐っているのであるから長持ちである。
安売りの際に大量に購入しても大丈夫である。
いきおい、納豆はケチん坊な私のハートをゲットしてやまないのであった。

納豆が嫌いな人には3種類ありそうだ。
曰く、味をけったいなものに感じる人。
曰く、ねばねばが気持ち悪い人。
曰く、においが気になる人。
味やねばねばは自ら食さねば良いのであり、逃避行為により嫌悪感を防御可能である。
しかし、問題は納豆の臭い、そう、あの腐敗臭にも似た臭さである。
こればかりは、防ぎようがない。
例え自分が食べていなくても、周囲の誰かが納豆の蓋を開けてしまえば終わりなのである。
納豆とは無縁であった幸福な日々も、その瞬間にグッバイ・フォーエバーである。

ケチ故にたびたび納豆を食する私の周囲の関西人は、しばしばそのような理由を口にしつつ、
抗議行動を起こすのである。
「臭くてかなわん」と。
致し方ない。穏健凡人を自認する私のことであるから、彼らに対する譲歩を
提案するにやぶさかではない。

解決案1。
煙草の嫌煙権を護る為に禁煙室があるように、納豆の臭いを嗅ぎたくない方々の為に
禁納豆室を設けてはどうか。
禁納豆室では、納豆を加えたメニューを食してはならぬならぬと取り決めるのである。
名案ではないか。
しかし彼ら関西人は言うのである。
「喰うてるのはおまえだけやないかい」と。

解決案2。
煙草を吸う権利を護る為に喫煙室があるように、納豆を食べたい方々の為に
納豆室を設けてはどうか。
納豆室では自由に納豆を食して良く、もちろん納豆なしメニューもOKである。
ただし、嫌納豆権を主張することはできないと取り決めるのである。
名案ではないか。

いや、ちょっと待て。
それだと、私はどこでこのお昼ご飯を食すれば良いのか。
だいたい納豆室なんて、想像してみるとかなり嫌な光景だぞ。ぶるる。

雨谷の庵は今日も雨。
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管理者:徳田雨窓